父の性格により、振り回された私たち家族

私の家族は父、母、私そして妹の4人家族でした。
当時は私は16歳であり、私の父は47歳、母が45歳、妹が13歳でした。

父は会社員であり、母はパートに行っておりました。当時、私たち家族は家賃7万円ぐらいの賃貸のアパートに住んでいました。

私の父は普段はとても温厚な人物です。しかし、とても気が短く、そして神経質な部分があり、何か自分の考えていることにそぐわないことがあると怒り出すような父でした。しかし、普段はとても温厚で家族としても父の性格を知りつつも仲のよい家族だったと思います。

しかし、今思えば母はとても苦労していたのではと思います。

父は母に対して、結構きつい言い方をしていました。何かちょっとしたミスを母がした場合も父はひどく罵声を母に浴びせていました。

私と妹はその光景があまり好きではなく、いつもなぜ母はそこまで我慢するのかと思っておりました。もちろん今になって思えば、簡単に離婚できるような時代でもなく、また離婚したとしても生活ができるほど甘い状態ではなかったためだと思います。

そして、私たち家族が家族であるために、母は我慢していたのだと思います。
父は短気な人物ではありましたが、普段はとてもよい父親でもありました。
遊びにも連れて行ってくれたし、家族のことも考えてくれていました。ただ、ちょっとした性格が問題だっただけなのです。そして、その性格は母にとってはきつくても、我慢するしかない状態だったのだと思います。

母やよく、父に罵声をあびさせられた後、一人で泣いていました。その光景は子供ながらに見るのがとても辛かったです。妹はいつも母を慰めていました。私も父が憎くなるときもありました。

しかし、子供ながらに何かできるわけでもなく、ひたすら見てみぬ振りをしていました。もちろん、母は泣き止むと気丈にふるまっており、私たち子供を悲しませないようにしてくれていました。私が、高校3年生のとき、父が私に対し、怒鳴り声をあげたことがありました。私と父の意見の食い違いにより、父が私に対して説き伏せるように最初は説明していたのですが、やはり父の意見に納得できず、私は初めて父の背いたのです。もちろんこれまで母に対する罵声などの姿もあり、そのことを含めて私なりに積もり積もった結果なのですが、父を許すことができずはむかってしまいました。

父は私に対し、罵声をあびせてきました。もちろん、父の怒り方は尋常ではなく、私はこわくなりました。
母と妹も私が父に言われている姿をみて、何も言えず、泣いておりました。そして、父に母がもうやめてくださいといったのですが、今度は母に対して母の教育が悪いため、私がおかしくなったと責め始めたのです。私は父の発言が許せませんでした。母は泣き崩れてしまい、私は母と妹を連れて家を出ようと考えました。決して行く当てもなかったのですが、この家にいては父の暴言に屈するだけだと思ったのです。もちろん、父のことは好きです。しかし、家族を壊してしまう父は嫌いでした。その父を裏切ってしまうことを心から嫌だったのですが、当時の父を捨てることを私はできるぐらい気持ちが磨り減っておりました。

そして、その父といったん距離を置くべく、私と母と妹は外にでました。そして母の姉の家に行き、2日間ほどとめてもらったのです。そしてその晩、母と話をしました。このままここにいた方がよいのではないか、母も我慢の限界が来ているのではないかなど確認しました。しかし、母は違いました。父の性格は分かってはいる、しかし、家族を大切にしている父も知っている、だから、父を捨てることはできないし、それ以前に家族を壊すことはできないといいました。

私は、母の言葉がきれいごとのようにも感じました。
母は離婚したあと生きていけないことの不安さからきれいごとを言っているだけなのではと考えていました。
しかし、今にして思えば、母は本当に父のことが好きだったんだと、そして、家族を本当に大切にしていたんだと思います。私は当時そのことを分かっておりませんでした。頭では分かっていても心が追いついておりませんでした。そのため、父の態度、母の態度が許せませんでした。そして、家族を壊す方が一番みんな幸せなのではと考えてしまっていました。しかし、そうではなかったのです。母は父を大切に思っており、父も母を大切にしておりました。ただ、父の性格の一部が家族を少しだけ悪くしていたのです。もちろん、その父の性格の一部はとても許される部分ではないと思います。今でいうDVに該当するのかもしれません。そのためそのDVを分かりつつ、何ともできずに私たち家族はみんな苦しんでいたのです。父は決して自分の性格が分かっていなかったわけではないと思います。父も苦しんでいたと思います。母から後で聞いた話ですが、父は私たち家族に暴言をはいた後、とても後悔していたことを聞きました。

そして、友人に自分の行ってきた行為を話していたそうです。
ある意味、友人にカウンセリングしてもらっていたような状態だったらしいです。その姿を母は知っていたから家族の形を継続できていたのかもしれません。母は父を責めるようなことはありませんでした。そして、父はその件がきっかけで、これまでのような暴言はなくなりました。おそらく、その友人に言われたのだと思います。そして父は自分なりに改心したのだと思います。私は浅はかな自分の気持ちで家族を壊そうとした自分が許せませんでした。父も父なりに苦しんでいたということを知り、その家族を何とか守ろうとした母を知り、私は涙が出てきたのを憶えております。私は父の変わった今の姿をみて、たまに昔の父を想像します。あのころ、仕事などがもしかしたら大変だったのかな、何か嫌なことがあったのかな、そのため、家族に対してあんな態度をとってしまっていたのかもなと考えることがあります。そして、自分なりに自分を変えてくれた父に対して、今は感謝しております。自分を押し殺すことは大変だったと思いますが、そうすることで家族を守ってくれたんだと今は思っております。

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